人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方

「新おとな学入門」は「新おとな学Ver.2」として新しくなりました。
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人生後半戦の仕事と生活に必要なのは学習である|新おとな学


人生後半戦は〇〇家業で

人生後半戦の「仕事は家業、生活はシンプルに」と前回までの話を振り返りながら、今回は家業という仕事とシンプルな生活、そしてこれらに必要な学習との関係についてお話しします。

家業

「家業」は「かぎょう」と読み、家族で行う仕事、代々継ぐ仕事という意味で使います。「家」には家族と一族という意味があり、後者の場合は〇〇家(け)というように使います。この場合の家業は「かぎょう」というよりは「けぎょう」になります。

〇〇家

人生後半戦の家業とは「〇〇家(か)」と呼ばれる仕事をする人の意味で使っています。職業を表すときに「家」の他に「士・師・人・者」など多くの職業と人を結び付ける呼び方があります。「〇〇家」もそのひとつです。

専門家

どのような職業でも「職業+人」という表し方をすると専門的な特技・知識をあるのだということがわかります。専門家という言い方があるくらですから、「〇〇家」とは専門的な特技・知識の中でもかなり幅広い範囲で使われています。

職人

特技とは知識だけではなく実際に行為をともなった技術を持ち合わせていることで、経験を積むことで特技を身につける人のことを「職人」と呼びます。一方で特技は持ち合わせないけれども知識は豊富にある人のことを「専門家」と読んできるのではないでしょうか。

料理人と料理家

例えば料理人と料理家から受けるイメージの違いは料理人は職人イメージが強く、料理家は料理について造詣が深い人というイメージがわくのではないかと思います。建築士と建築家では前者は資格を持っており、後者は資格だけではなくその人が持つセンスをイメージすると思います。

人生後半戦は〇〇家業

人生後半戦の「家業」とは〇〇家業ということで、知識を持つことが前提の仕事をという意味になります。〇〇研究家や〇〇評論家とすることで詳しい人という意味になります。家業からスタートしてお金を稼ぐことができる稼業、屋業に発展させることもできます。




専門家に共通するのは

仕事と同じように生活についても家業は成り立ちます。ところが生活についての専門家は〇〇家を名乗ることは少なく、〇〇の専門家と呼ばれるか、またはカタカナ文字のアドバイザー・コーディネーター・プランナー・スペシャリスト・・・という呼び方が多いと思います。

カタカナ職業

カタカナ職業は生活面だけではなく仕事面でも多く存在します。カタカナ職業が良いとか悪いとかではなく、カタカナ職業こそ専門家そのものだと思います。例えばプログラマーとはプログラミング技術者という意味となります。

生活の分野

生活を分野別に細分化するとありとあらゆる専門家がいると思います。ではどうして〇〇家という生活分野の専門家が少ないのでしょうか。 その理由は職業名は日本国内で共通の表現ができても、生活は地域の特色、文化・風習、なによりも個人差があるの〇〇家と称しても特定の分野を指すとは限らないからです。

生活の専門家

生活の専門家が〇〇家と名乗りやすいのは趣味の分野ではないかと思います。専門分野に特化した収集家・蒐集家と呼ばれる人もいますし、〇〇研究家・〇〇評論家という人もいます。このように考えると「言ったもの勝ち」というのが生活分野での専門家の現状です。

芸術・文化の専門家

本来は仕事でも生活でもない分野があります。芸術・文化の専門家は特技を持つ人もいれば、造詣が深いだけではなく、仕事として成立させている人もいます。美術品・伝統工芸品を仕入れて販売する人もいれば、小説家・著述家として活躍している人もいます。

愛好家・篤志家

仕事や生活とは関係なく「〇〇家」という呼び方があります。愛好家は特定の分野が好きという人であり専門家ではありません。また篤志家は社会貢献を積極的に行う人を意味し、ボランティア・社会企業家にも通じます。

〇〇家に共通

仕事でも生活でも、それ以外の分野でも「〇〇家」と呼ばれる人たちに共通するのは特定の分野の知識が豊富だということです。実際に行為として行う技術はなくても、その代わりに知識を身につける技術、知識を組み立てる技術、知識を表現する技術があることが必要になります。




〇〇家になるためには

〇〇家になる知識をつけるためにはなにが必要でしょうか。
それは「学習」です。学習とは学ぶことと習うことの組み合わせです。

学ぶこと

学ぶためには外部からの情報が必要です。外部からの情報を得るためには、自然現象を見たり、本を読んだり、他の人から聞いたり、実際に行為として経験したりする方法があります。これらは学び方であり学ぶことではありません。

記憶すること

同じ経験をしても知識として身につく人と身につかない人がいます。この違いは記憶にあると思います。記憶に残る人は同じことが繰り返して起きると、繰り返しをパターンとして記憶し次に起きることを予測できるようになります。「学ぶ」とは情報のインプットと情報の蓄積です。

習うこと

学ぶことと習うことの違いは、学ぶとは情報を記憶することが中心ですが、習うことは情報を加工しアウトププットに結びつけるまでの過程です。最初は自学自習で、自分の思考と行為の範囲で行ない、次のステップが他の人から習うことになります。

倣うこと

「ならう」とは「倣う」とも書き、真似をするという意味があります。他の人から習うということは他の人に倣うということも意味し、倣う(習う)相手によって真似をする行為が異なります。子は親の鏡と言われるように、子供の幼少期は自分の親の真似をして育つのと同じです。

人生後半戦の学習

人生後半戦になるまでに学び方は異なっても多くのことを学びます。ところが学ぶこと以上に異なるのが習うことです。人生後半戦で仕事や生活を見直し、なにかを変えたいと思うのであればまず学ぶことです。学ぶことをせずに習うことから始めないことが大切です。


年をとるにつれて新しいことに対する吸収力が弱くなるのはいたしかたないとしても、
新しいことを拒むということは学ぶことを拒んでいるのと同じです。
また何を学んでよいか分からないという人は
学ぶことに必要な記憶力を高めることから始めてはどうでしょうか。



1章 物忘れ、人の名前…記憶力で困らないためにやっておきたいこと
2章 頭にいい刺激になる7つのポイント
3章 「出かけるとき」こそ頭をフル活動させるチャンス
4章 脳をずっと健康に保つ、この食事・運動・睡眠
5章 読む、考える、楽しむ…「知的習慣」の活かし方
6章 100歳まで大丈夫な頭をつくるために





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