
家業を持つということ
すでに家業として仕事をしていらっしゃる方にとっては何を今さらと思われるかもしれません。また今の仕事に満足しているので新たに家業を持つ必要なんてないと思う方もいるでしょう。私も今までどう説明してよいのかわかりませんでした。
起業とも副業とも違いますし、独立とも転職とも違います。なにか新しいことを始めるのではなく、すでに行っている仕事を自分の仕事として、自分の生業として、さらに自分自身の暮らしまでを表すことが私の考えている「家業」です。
家業は職住一致から始まる
家業とは自分の仕事と生活を表現する行いのすべてを表します。例えば、自己紹介で「私は社長です」といきなりは言わないでしょう。「私は自動車を販売している会社の社長です」ならば仕事はわかりますが、暮らしはわかりません。
「私は車が好きで自動車会社を販売している会社の社長をしています」ではどうでしょうか。少しずつ人となり、暮らしぶりが見えてきます。「家業」は会社の仕事ではなく自分の仕事と暮らしぶりを表すことができます。
自分は何によって憶えられたいか
「あなたは何によって憶えられたいか」というのはドラッカー教授の本に書かれている一節です。少年時代にドラッカーが先生からこう聞かれたそうです。そしてその先生は「今答えられるとは思わない。でも、50歳になって答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ」と続けたそうです。
私はこの話が好きで話のネタとしてよく使います。ところが「ドラッカーが言うには」と説明するとなんだ請け売りか、自分が考えたのではないのかとインパクトに欠けることを感じていました。本当に理解して欲しいことが伝わらないのです。
それで、自分の好きなこと、やりたいことをやることを「家業」の二文字で表すようにしました。
家業は仕事だけではなく暮らしもわかる
「家業」をブランディングと考えて、セルフブランディング、パーソナルブランディングと似ていると言われたこともあります。言い方、呼び方は大切ですが、上手く表現することのほうがもっと大切です。人によってはブランディングのほうがわかりやすいかもしれません。
ブランディングとの違いもあります。「家業」は自分と家族という狭い範囲を意味し、職住一致からスタートしたということがこの二文字で説明できます。職住一致とは仕事と生活をときにはバランスを取り、ときにはミックスしていることがわかります。
家業とワーク・ライフ・バランスという考え方
ワーク・ライフ・バランス、働き方改革、女性の活躍、人づくり、ダイバーシティ・・・、いろいろと政策としての目的はあげられていますが、共通することは個人に焦点を合わせずに対象が社会全般というようにぼやけているような気がします。
人生後半戦は社会の一員であることはもちろん、ひとりの個人として仕事をし生活をすることが必要になります。超高齢社会では福祉を中心に考えがちですが、福祉の前に個人としてどのように生きたいかを考えることが重要だと思います。
本当の意味でワーク・ライフ・バランスを考えるのであれば、自分の家業は何かということを考える方が先のような気がします。
家業とは家代々の仕事ではなく生き方
「家業」は「かぎょう」と読みますが、他にも同じ読みで「稼業」があります。家業は家代々の仕事、稼業は生活のための仕事です。私が意味する「家業」は、屋号・ラベル・レッテルのような意味があり、その人を表す文言だと考えています。
「何によって憶えられたいか」という硬い意味ではなく、「こんな風になら覚えられたらいいな」といった柔らかい意味です。人生後半戦の先には終わりがあります。そのときになれば何と覚えられていたかが分かります。
自分を表す「家業」として覚えられていることが、誰もが望んでいることではないでしょうか。
付録
家業は仕事でもあり生活でもある
人生後半戦の家業とは
- 自宅でできる仕事 --- 基本は職住一致
- ひとりでできる仕事 --- 家族でできる仕事
- 仕事は一代限り --- 事業継承をしない
- 人間的な雇用関係ではなく仕事上の契約関係
- 生活を維持するための仕事、仕事を維持するための生活
- 仕事3割、生活3割、その他4割、過半数にはしない
- 最低限の生活、最小限の仕事、ボトムラインを決める
- 私は〇〇を〇〇したくて〇〇の〇〇をしています
- 職種・業種は問わない、経験年数も問わない
もっとあるかもしれません。これらに私は健康管理のために「がんばらない・がまんしない・むりをしない」を付け加えています。