人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


震源地では震度7、大停電は夜中の3時でした。1週間前の揺れと大停電の記憶は今でも残っています。我が家は幸運にも被害はなく安堵しています。今回の経験で気付いたことを書き留めてみました。
震度5強と大停電を経験して1週間が経ちました ~ 札幌より


自身で優先するのは被災者、大停電で優先するのは弱者


夜中の3時に目が覚めた

夜中の3時、大きな音で目が覚め、大きな揺れで立ちあがることもできなく、這いつくばって部屋の中央まで行き揺れが収まるのを待つ。その間数十秒だったと思う。揺れが収まった後に電灯のスイッチを入れたが点灯せず。

地震発生時とその後の状況はこちらのブログで
 シンプルな暮らし方にしてよかったこと ~ 地震後6日めの札幌より
 在宅ワークをしていてよかったこと ~ 地震後6日めの札幌より

地震と大停電は別のこと 

今まで経験したことのない揺れだったし、住宅街では経験したことのない真っ暗闇だった。体感震度の違いは家屋の築年数にもよるし、地盤の強さにもよると思う。地震が大停電を引き起こした原因ではあるが、北海道全体が地震に遭った訳ではない。地震と大停電は別のこととして考えた方がよい。

推計震度分布図 2018年09月06日03時08分 胆振地方中東部
(※〇印は札幌中心部、筆者が追加)

被災者を優先的に救援

自然災害によって直接被害に遭われた方を被災者と呼ぶ。地震で最も救援・支援を必要とするのは被災者である。特に重傷者を始め、要介護者・重病者・妊婦・乳幼児・障害者と続き、重病人・体調が著しく悪い人・児童を優先して救援・支援することになる。そして体力がない人として高齢者・女性・病弱な人へと続く。

被災者と弱者は微妙に違う 

大停電の場合はどうだろうか。弱者を保護したり優先するのは当然であるが、後半の高齢者・女性・病弱な人という優先順位は道徳的なことであって、日常生活にも当てはまることだ。では、高齢者・女性・病弱な人という本人の気持ちはどうなのだろうか。普段は特別扱いをして欲しくないと思う人もいるのではないだろうか。


我が家の近所だけかもしれないが・・


まずコンビニからなくなったもの 

災害時のために非常用の水や食料、日用品や電池などを備えるようには常々呼びかけられている。まずコンビニからなくなったものはすぐ食べられる食料品、水、電池だそうだ。特に電池は1個という訳にはいかないので初期段階でなくなったそうだ。ということは自宅に懐中電灯があるということなのだろう。

ガソリンスタンドに長蛇の列 

地震が発生した早朝からガソリンスタンドに長蛇の列ができていた。北海道は車社会なので札幌と言えども公共交通機関がすべてストップすれば移動は車に頼らざるを得ない。信号も点灯していなかったが大きな事故もクラクションの音もあまり聞こえなかった。消防車と救急車と思われるサイレンの音だけだった。

現金しか使えないという盲点 

夜は暗かった。昼になっても静かだった。ガソリンスタンドとコンビニの行列は続いていた。現金しか使えないという盲点に気づいても現金を調達するATMは初期段階では動いていなかった。幸いにも水道とガスは止まっていなかったので、食料さえあれば待つしかないと思った人も多いだろう。

無料の充電の列に並んでいるのは 

2日めになるとラジオでもスマホのバッテリー節約のアナウンスが流れたり、無料で充電できる場所もできてきた。車がある人は車で充電、ノートパソコンやモバイルバッテリーを持っている人はなんとか充電できていたのだろう。無料で充電できる場所に並んでいる人は圧倒的に年配の人が多かった。そして多くはUSB給電器具を持たないガラケーユーザーだった。


高齢社会での災害について想う 


災害時には労働力対象者が減る 

高齢社会では介護・医療と同じくらい労働力不足が問題視されている。労働力不足を補うために、今まで非労働力扱いをしていた人を労働力として社会参加を促している。これは促進すべきことだと思うのだが、ひとたび災害が起こると再び非労働力扱いにしなければならない状況にならないだろうか。

介護をしている人、育児をしている人は生活を優先させなければならないし、体が不自由な人は他の人の手を借りなければならない。災害時に働くことはできないと考えた方がよい。

高齢者が生活情報を得るのは 

高齢者の情報源はテレビ・ラジオ・新聞であることは間違いない。ネットという選択肢を持っている人は少ない。ネットでは生活情報が交換されていても、マスコミは地震の被災状況、大停電の原因、遠くから評論家たちが言いたいことを言っているようにしか聞こえない。

それでも限られた情報しかない人にとっては、テレビ・ラジオ・新聞の情報を受け入れてしまう。生活情報がないので普段と同じ生活ベースで動き回る。その結果、スーパーでは大量買いをし、刷り込まれた情報を交換し、自分達は被害者だという気持ちが募ってくる・・ように思う。

高齢者が情報を得る手段を変える 

1週間経った今日でもスーパーに並ぶ食料品は限られている。なにもない、高い、という声が聞こえてくる。1人1パックまでという卵を2度レジを通ればわからないという声も耳にした。人それぞれ事情はあるとは思うが他人に吹聴することではない。

高齢社会の大きな問題は、介護・医療の問題と労働力不足の問題であることは間違いない。これ以上大きくしないためには、高齢者の情報を得る手段が片寄っていることを変えなければならない。前例踏襲主義、現状維持主義では、社会全体が疲弊してしまう。


真っ暗闇の中で考えていたことは


当初は1週間で復旧と言っていた電力会社も、1週間経った今でも停止した発電所の復旧時期が発表されないどころか、2ヵ月先になるという話も出てきた。今のままでは生活用の電力は賄えても産業用の電力は賄うことはできない。それこそ北海道にとっては大打撃だ、と言っても年金暮らしの人には応えないかもしれないが。

高齢社会とは弱者社会になるということかもしれない。強者は一気に弱者になっても、弱者は一気に強者にはなれない。時間をかけて力をつけなければならない。現段階では自他ともに認める高齢者は高齢者という弱者に含めても、これから高齢者になる人は経済力・健康力・情報力をつける術を持つことが肝要である。

今回の地震に端を発した大停電の暗闇の中で考えていたことは、余震がいつ来るかということと高齢社会での災害対応についてだった。まだ予断を許さないが・・。






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