人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


人生後半戦になるとこれから何をしようかというような前向きなワクワク感がだんだんとなくなり、これからどのように生きようかという後向きなドキドキ感が募ってきます。みなさんはどちらでしょうか?
仕事と働き方・生活と暮らし方・人生と生き方


ワクワク感とドキドキ感の原因と治め方は


楽観的か悲観的か

このようなワクワク感やドキドキ感を楽観的か悲観的かの違いだと言うのは容易いことですが、ワクワク感やドキドキ感が起こる原因、そしてワクワク感やドキドキ感を治めることは楽観的か悲観的かの違いを指摘するだけでは治めることはできません。

事実と現実を客観的に

自分が置かれている環境や状況を事実として受け入れるからこそ起きるワクワク感とトキドキ感と、過小評価もしくは過大評価して楽観的に考えたり悲観的に考えたりして起きるワクワク感やドキドキ感とは異なります。事実を受け入れ現実を客観的に考えることが重要です。

仕事・生活・陣営

人生後半戦になると人生前半戦を振り返って考え直すことといえば「仕事・生活・人生」の3つがあります。仕事は働くこと、生活は暮らすこと、人生は生きることに置きかえることもできます。「仕事・生活・人生」と「働く・暮らす・生きる」は同じことなのでしょうか。




仕事と働き方の違い?


仕事をどうするか 

人生後半戦になると仕事をどうするかという話題で持ちきりになります。特に男性は未だに一家の大黒柱という考え方があり、定年後も収入のある仕事をすると考えることが多いのではないでしょうか。

仕事の「仕」は?

この場合の仕事とは働くことであり、収入という目標があります。仕事と働くは共に「にんべん」すなわち「人」に関わる漢字で「仕」は「人」が「士」に従って働くことで「士」は強い人の意味があります。つまり雇用関係にあるのが仕事の意味です。

働くの「働」は?

「働」という漢字は「人が力で重たいものを動かす」という意味で肉体労働を表します。今風に言えば時間で働くという意味になります。現代社会では時間で雇用関係を持つことは一般的です。

雇用と時間の関係 

人生後半戦になって仕事をどうするかと考えるのは、雇用と時間の関係をどうするかということに他なりません。何をするかという仕事内容を考え直すことではありません。何をするかを見直すということは自分が誰に仕えるかを考えることと同じ意味です。

誰かに仕えるとは 

誰に仕えるかの「誰」とは特定の誰かではなく、自分でも顧客でも、喜んでくれる人という不特定多数でも構わないのです。ただ「誰」をどのような人にするかは自分で決めなければなりません。仕える人を「自分」とした場合は独立起業という仕事、働き方になります。

仕事と働くの違いは 

仕事は誰かに仕えようと自分に仕えようと仕事自体に目的があります。働くことには目的ではなく目標があり、目標を達成するための方法が働き方になります。たとえばお金を得るという目標のために働くことと、お金に仕えるという目的の仕事をする違いです。

目標と目的が重要 

仕事を「志事」、働くを「傍楽」という字に当てはめて仕事と働くことの意味を考えることもありますが、人生後半戦になれば本来の仕事の意味と働くの意味を自分で持たなければなりません。「仕事」と「働く」はどちらが良いかというこではなく、目的と目標を明確にできることが重要なのです。

人生後半戦になって「仕事と働き方」をそれぞれ考えてみてはどうでしょうか。




生活と暮らしの違い?


生活の3つの意味 

生活の意味には3つの意味があります。1つめは「毎日の暮らし」、2つめは「生計を立てる」、3つめは「生きていく(活きていく)」という意味です。それぞれが重複しているところもあり、また異なっているとろこもあります。

暮らしの「暮」は? 

1つめの「毎日の暮らし」という意味の「暮」という漢字の成り立ちは、「日」の部分が太陽、「くさかんむり」と「大」のような部分が「草」を表しているそうです。毎日、草原から太陽が昇り太陽が沈むという繰り返しから毎日の過ごし方という意味だと考えられます。

生計の「計」は? 

2つめの「生計を立てる」という意味の「計」という漢字には、考える・計画するという意味があります。毎日の暮らしの方法と手段を考える・計画すること意味しています。働いてお金を稼ぐこと、食べ物を自分で得ること、なにかを作って売ることなどが生計を立てる方法と手段となります。

生きると活きる? 

3つめの「生きていく(活きていく)」という意味においては、「生活」という単語はともに「いきる」という意味があります。「生」が命を維持する、「活」は「勢い・育つ」という意味を表していると考えると、体の「健康」にもつながります。これは少しばかりこじつけてしまったような気もしますが。

生活するの意味は 

「生活」には「生活する」という使い方があります。この場合の意味は上記の3つの意味が含まれ、話の流れの前後関係から意味を判断していると思う。生活の仕方と暮らし方は同じように使われますが、毎日の暮らしという意味だけではないことがわかります。

生活の仕方とは 

生活の仕方を暮らし方として考えると、毎日の暮らし方は「時間の使い方」、生計の立て方は「お金の使い方」、生きていくは「命の使い方(健康)」と考えることができます。生きていくために必要なことすべてが生活に関わり、より良い生活とは「時間・お金・命(健康)」を大切に考えて生きていくことではないでしょうか。




人生と生き方の違い?


人生と生き方 

仕事と働き方、生活と暮らし方と対比して考えてみると、「人生と生き方」という考え方もできます。人生とは「人の一生である生涯」という意味と「生きたという実感」を表す意味があると思います。

生きるために食べよ 

古今東西の偉人たちが人生について多くの名言を残しています。私の好きな言葉に「生きるために食べよ、食べるために生きるな」があります。これはギリシャ時代の哲学者ソクラテスの有名な言葉で、人生を楽しんでいる人は生きるために食べ、人生を楽しんでいない人は食べるために生きているという意味があるのだとか。

何をしようかとは?

人生後半戦になって生き方を考えてみたとき、これから先のことを考えると「何をしようか」と「どのようにして生きようか」という2つの考え方があると冒頭に述べました。何をしようかとは何をして生きようか、何(誰)のために生きようかという意味であり、生きる意味を見出そうとしています。

どのようにしたか?

どのようにして生きようかは、生きるために何をしようかという前述の意味と反語になっています。生きたという実感は、何(誰)のために生きようかということで得られるものであり、生きるためにどのようにしたかだけでは得られるものが少ないのではないでしょうか。

生きがいを持つ 

日本では「生きがい」という言い方があります。生きたという実感は生きがいを持つことであって、生きがいのない生き方は前向きの人生ではなく、後向きの人生になってしまいます。

生き方次第で 

人生後半戦になって人生を考え直す機会を持つことがあれば、これから何をして生きるか、何(誰)のために生きようかを考え、それが生きている実感となる生きがいにつながることを考えてみてはどうでしょうか。「仕事と働き方」も「生活と暮らし方」も生き方次第ではないかと思います。




◆◆◆◆◆

「やりがい」という言い方もありますが、「やりがい」は仕事や働き方、生活と暮らし方に使う言い方であって、人生や生き方に使わないほうがよいと思います。また同じように仕事を生きがいにすることは「人生=仕事」と考えていることになります。

人生は仕事だけでも生活だけでもありません。他にも学びや遊びもあります。人生後半戦になって「何をしたいか」すなわち「何(誰)のために生きようか」を考え、実行できることから行動に移すことの積み重ねで、「生きた」という実感を味わうことが人生後半戦の生き方であり人生そのものになるのではないかと思います。

人生も終わりよければすべて善しとしたいものです。





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