人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方

人生後半戦の新おとな学 Ver.2
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◆シンプルって何だ?

「シンプルな暮らし」ってシンプルライフのことだろ、と思う人がほとんどであろう。そう、シンプルライフのことである。その前に「シンプル」って何だろうということを考えてみたい。誰もがうなずくシンプルの意味は「少ないこと」だと思う。「飾り気がない」のは飾りが少ないことだし、「簡素なさま」はモノが少ないことだ。ちなみに簡素と質素は違う。その他にもシンプルには、「単純」「わかりやすい」「清潔」などをイメージしやすい。

私にとってシンプルとは「余白」である。シンプルなものに美しさを感じるのは「余白の美」だと思う。真っ白い部屋に赤いソファーは、ソファーが引き立つように思うだろうが残りの部屋の白さがより際立ってくる。模様の入った壁紙の部屋に赤いソファを置いても部屋もソファーも引き立たない。私にとっては「余白」がなければシンプルではない。


◆トラベルライフはミニマルに

シンプルライフとミニマルライフは重なるところがある。モノが少ないことはシンプルライフもミニマルライフも同じである。ミニマルライフは最小限、最低限のモノで生活することを意味すると考えている。余白ばかりの暮らし、それがミニマルライだ。シンプルライフは必要なものだけで生活することと考えていて、必要かどうかは人それぞれ違う。ただし余白がないほど必要なモノで埋め尽くされて暮らしはシンプルではない。

私もミニマルライフになるときがある。それは旅に出るときだ。出張でもキャンプでも家族旅行でもミニマルにして旅に出る。不足しているモノは現地調達する。旅先はミニマルライフゆえに旅先での暮らしを心ゆくまで体験できる。宿泊先の空間も、旅先での食事も、何気ない風景も、ミニマルライフの余白を埋めてくれる。トラベルライフはミニマルが好きだ。

◆シンプルとシェア

シンプルな暮らしをしていると良いことばかりではない。ときには不便なこともある。そういう時は借りるか、サービスを利用する。同じようにシンプルな暮らしをしている友人には自分のモノを貸すこともある。この様子を見て「シェア」している言われてので、たぶんそうなのだろう。

必要なもだけで暮らすシンプルライフをしようとしていても、どうしても不足するものは出てくる。そのときに買ってしまうほどことではないこともある。モノが少ない代わりにレンタルとサービスはよく使う。誰かとシェアしていると一つのモノを数人で使うことができる。必要なのはコミュニケーションとルールである。

◆シンプルとサステナブル

少し前にLOHASというライフスタイルが流行った時期がある。この「S」がsustainability(サステナビリティ)で「持続可能」という意味だ。シンプルな生活をしていると買い替えるよりも長く使うことを考える。長く使うことがsustainabilityではなく、長く使うためには自然素材で環境に配慮した商品を選ぶことになる。こういう商品は新製品が少ないので毎回同じものを買うか、一度買えば長く使う。デジタル機器や電化製品、流行りのファッションのように新製品が次から次へと売り出されても毎回買い替えることはしない。そうなると品質や性能が良いものを買うことになるので、結果的にsustainabilityになる。モノを買うときには長持ちするかを検討してから買うこともシンプルな生活には必要である。

◆断捨離とシンプル

新おとな世代のシンプルな暮らしは「断捨離」から始まる。「断」はモノを増やさない、買わない、モノの流入経路を断つということである。モノを一つ増やすときはモノを一つ減らすと考える人もいる。モノは場所をとる、すなわち「モノ=場所」である。「捨」は今あるモノを減らすことである。モノを減らすには、捨てることと収納することがあげられ、捨てることが整理であり、収納することが整頓である。整頓だけをしても「捨」をしていることにはならない。

「離」は物欲をなくす、そもそもモノが増える原因となる欲望をなくすということである。これはかなり難しい。物欲がないということは、必要なモノもそろえないことになりかねない。必要なモノだけ手に入れるというのは常に物欲との戦いになる。また、一人閉じこもって生活するのなら断捨離も継続できるが、普段は外に出かけることが多い生活だと断捨離で不便になりストレスが溜まることもある。「離」だけは一生かけて身につけなければならないことであろう。

◆新おとな世代のシンプル

人生も後半戦、50歳を過ぎるあたりから自分の終わりの姿を考えなければならない。「終活」ということではない。今持っているものをすべて死ぬまで持っている必要があるかを考えるということである。人生の棚卸しとも言うが、なにも一週間や一ヵ月くらいで済むことではない。棚卸しには作戦が必要である。人生後半戦をどのようにして暮らしていくかを考えることから始めるのである。

どのように暮らしていくかを考えたら、それに見合った暮らし方をイメージしてモノを揃えていくのである。今あるモノをできるだけ使って、必要なモノだけを残していく作業である。作戦は長くかかっても、作業自体は短いに越したことはない。毎日少しずつ片づけるなどと考えると終わりがない。シンプルな暮らしの完成は「余白」ができるかどうかである。「余白」ができれば、それは人生の「余白」にもなる。それを「ゆとり」と呼ぶ。新おとな世代のシンプルな暮らしは、ゆとりのある暮らしでもある。

(了)



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