人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方

人生後半戦の新おとな学 Ver.2
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◆新おとな学のゴール

新おとな学に共通のゴールはない。ゴールは自分で作るものだ。ゴールに向かうためには目的がある。新おとな学の目的は「人生最後のステージで生きててよかったと思える働き方・暮らし方ができること」である。そのためには学び方も遊び方も身につける必要がある。

理想は学びが遊びであり、遊びが学びと言えるようになることで、学びと遊びに境目がないことだ。自分でゴールを見つける方法、目標の立て方、ゴールと目標へ向かう道順の立て方については、私なりの方法をこれから各カテゴリーで書いてみたいと思う。参考になるところだけを活かしていたくだけでも嬉しい。


◆働き方のゴール

仕事は常に二つ持っている。「持つ」という表現が正しいのかわからないが、15歳のころから常に二つ以上のことを行ってきた。文武両道であればよかったのだが、学校とアルバイトという生活だった。学生が終わるまでこの生活は変わらなかった。途中体を壊したときは、学校ともうひとつは治療に専念しなければならなかったことはあるが。社会人になって仕事についてからも、勤めている会社には内緒で別の仕事を行っていた。いわゆる副業である。

副業は儲からなかったが楽しかった。副業が楽しくなければ、会社勤めができなかったかもしれない。独立してからも主たる仕事と副業を行ってきた。常に二足の草鞋の状態であった。これが一足になると息が詰まる。一生懸命を一所懸命と考える人もいるが、自分には無理であった、今までは。人生最後のステージでは二足の草鞋は無理であろう。なので働き方のゴールは一足の草鞋を履きつぶすことにする。例えが分かりずらいだろうか。(もしかすると後日この部分は書きかえるかもしれない)

◆暮らし方のゴール

「旅をするように暮らす」ことを心掛けている。ミニマリストではない。必要なものだけで暮らすだけでなく、心にゆとりの持てる程度にシンプルに暮らすようにしている。今はというと、一度はシンプルになった生活が、とある事情で不用品の山を見て見ないような生活を送っている。暖かくなったらまたシンプルな生活に戻ろうと思い、不用品の山を整理している段階だ。

最終的には軽自動車に積み込める程度の生活道具で暮らしたい。イスやテーブルなどはその都度買い替えればよいと思っている。スーツケースひとつでは小さすぎる。持ち物は生活道具と仕事道具があるので、そぎ落とすことを考え悩む時間はもったいない。したがって余裕をもって軽自動車に積み込める程度と考えている。人生最後のステージでもこの程度の荷物なら住処にも困らないだろうし、誰かに処分してもらうにしてもそんなに手を煩わせないのではないかと考えている。

◆学び方のゴール

何を学ぶかにもよるが、どのようにして学ぶかのほうが重要だと考えるようになってきた。何のために学ぶかと言えば、それは自分なりの「気づき」を得たいからである。学びの多くは「人」から学ぶか「本」から学ぶかのどちらかである。本も人が書いたものであるから、ほとんどは人から学んでいることになる。あとは実際に見聞したり五感で感じることによって経験から学ぶことがある。最近ではインターネットであらゆるものに触れることができるので、ネットで学ぶことも付け加えておく。特に音楽はネットで新しいものに触れることが多くなってきた。

学び方にはインとアウトとキープがある。いろいろな情報をインプットし、知識としてキープし、アウトプットするというサイクルを作ることが必要だ。インプットしたものをそのままアウトプットするだけでもよいし、自分なりの組み合わせや考えを加えてもよい。今まではインプットすることが学びの中心だったで、学びを活用するにも自分の範囲だけだったので、これからはアウトプットを楽しみたいと思っている。

◆遊び方のゴール

遊びとは自分のために消費することであり、極めて利己的な行動のように最近は思えてきた。遊びの一つに趣味がある。どのような趣味でも自分が満足すればそれでよい。ゲームをしても、スポーツをしても、一緒にプレイする相手がいても、自分が満足できればそれでよいのである。どのようなファッションでも、どのよううなグルメ嗜好であろうと自分が満足すればよいのである。

「遊び」で大切なことは遊び方よりも、遊ぶ時間が取れるかどうかだと思う。暇で仕方がないとはいうのは遊び方を知らないのではなくて、遊ぶ時間として自分だけの時間を考えられないのだと思う。小さな子供がどのようなことでも遊びに変えてしまうのは、遊び方を知っているのではなく、その瞬間を遊びの時間に変えてしまう力がるからだと思う。

また人生最後のステージの話になるが、最後に近づけば近づくほど暇な時間が増える。つまりは遊びの時間が増えることになる。遊び方に困らないように、今から「やりたいけど今はできないこと」をこっそりメモしている。もっとも学びと遊びの境目がなくなるのが理想なのだが。

(了)




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